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長崎地方裁判所 昭和43年(ワ)265号 判決 1970年11月28日

原告 全逓信労働組合

被告 新堂昌幸 外一二名

主文

一、原告に対し

被告新堂昌幸は、金一一二、一〇〇円およびこれに対する昭和四三年五月一五日から、

被告若杉正は、金一〇三、五三九円およびこれに対する昭和四三年五月一五日から、

被告納富光夫は、金一〇三、五三九円およびこれに対する昭和四三年五月一五日から、

被告山口三郎は、金一〇七、四一三円およびこれに対する昭和四三年五月一五日から、

被告中島誠は、金九二、九三五円およびこれに対する昭和四三年五月一五日から、

被告山口正子は、金一〇六、六一五円およびこれに対する昭和四三年五月一五日から、

被告金原菊敏は、金一〇六、六一五円およびこれに対する昭和四三年五月一五日から、

被告山口熊七は、金九八、九六〇円およびこれに対する昭和四三年五月一五日から、

被告山本春吉は、金一〇、七六〇円およびこれに対する昭和四三年五月一五日から、

被告井田増夫は、金六二、四九〇円およびこれに対する昭和四三年六月二三日から、

被告北島智は、金一一、七二〇円およびこれに対する昭和四三年六月二二日から、

被告才木鉄雄は、金一一四、七四三円およびこれに対する昭和四三年六月二三日から、

被告下釜勇は、金一一五、四一六円およびこれに対する昭和四三年六月二二日から、

それぞれ支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告その余の請求はいずれも棄却する。

三、訴訟費用は被告らの平等負担とする。

事実

一、当事者の求めた裁判

(一)  原告

1  被告らは原告に対し、別表(一)のそれぞれの「請求金額」欄記載の金員およびこれに対する「請求した日」欄記載の日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を各支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

(二)  被告ら

1  原告の請求は、いずれもこれを棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

二、請求原因

1  原告は郵政労働者の労働条件の維持改善並びに相互扶助等を主たる目的とする労働組合であり、被告らはいずれも、もと原告組合の組合員であつたが、別表(一)のそれぞれの「請求した日」欄記載の日の前日に原告組合から脱退したものである。

2  被告らはいずれも郵政職員であるが、原告組合の組合員であつた間、原告組合の機関決定に基く組合活動を理由として、郵政当局から、それぞれ別表(二)の「事由」欄記載の期の昇給を延伸された。

3  そこで原告組合は、別紙規約等目録の犠牲者救済規定及びその施行細則の定めるところにより、各被告に対し右昇給延伸に対する補償金として別表(二)の「支給額」欄記載の補償金を立替支給した。

前掲補償金を確定する方法は次のとおりである。すなわち郵政省給与規定に拠れば、処分により昇給が一期延伸された場合三ケ月昇給が延伸されることとなるので、原告組合の機関決定に基く組合活動を理由とし組合員がこの種処分を受けた場合当該組合員が処分後最短期間で昇給していくものと前提して、昇給延伸がなかつた場合の給与と延伸された給与との差を求め、勿論この差は号俸が上がるに従つて拡大していくので、当該組合員が満六〇才まで在職するものとして各年度の平均差を求めることとなるところ、一方昇給延伸による損失は夏期・年末・年度末・超勤の各手当についても生じるが、このうち夏期・年末・年度末の各手当は、昇給時期によつて影響を受ける年度と受けない年度が交互するので、一率に年間一・五ケ月分の損失を受けるものとし、これを前記平均差に加算して年間の総損失分を算定し、これに当該組合員の残余在職年数を乗じて額面損失を求め、これからホフマン式計算法によつて年五分の割合による中間利息を年毎に控除して現価を算定し、尚これに退職前三ケ年間の平均給与か算出基礎となる退職年金の減少分を前同様の方法で算定して合算した額を、支給時における当該組合員に対する補償金の額とするものである。ところで本件施行細則では、右の操作を簡便ならしめるために各職種について通し号俸を付し、その各号俸についてその別表(二)に調整間差額を掲げ、同別表(一)に右調整間差額と当該組合員の処分時の年令を組み合わせることによつて自動的に補償支給額が算出されるようになつているのである。

4  右のとおり、被告らに支給された補償金は、被告らが昇給延伸後満六〇才まで郵政職員として在職し、その間引き続き昇給延伸による金銭上の損失を被るものとの前提に立つて将来の損失分も含めて一括して支給されたものであるが、本件犠牲者救済規定による制度は、原告組合がその機関決定による組合活動に際し、郵政当局の処分によつてその組合員が蒙つた損失を可及的に填補することにより、組合員の動揺を防止し、その団結を維持・強化するために設けられたものであるから、右規定によつて補償を受けた組合員が、脱退除名等により原告組合を去る場合、右計算の基礎となつた支給年数から組合在籍年数を差引いた残余の年数に相当する分の補償金は、その制度の趣旨から当然原告に返戻しなければならないというべく、前記犠牲者救済規定施行細則第一五条第六号の返戻規定は、その趣旨を明確にしたものである。

そこで、被告らの、補償金支給事由発生当時の年令、支給基礎年数、支給後の組合在籍年数はいずれも別表(三)の当該欄記載のとおりであり、これによつて各被告の返戻の割合を算出すると同表の「返戻の割合」欄記載のとおりとなり、この割合によつて各被告の返戻額を算出すると、別表(一)の「請求金額」欄記載のとおりとなる。

5  よつて、原告は被告らに対し、前記細則第一五条第六号にもとづき、それぞれ別表(一)の「請求金額」欄記載の金員およびこれに対する被告らが原告組合を脱退した日の翌日である同表の「請求した日」欄記載の日から支払済みに至るまで各民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三、被告らの答弁

請求原因事実中第1乃至第3項の事実を認め、第4項の事実中別表(三)記載の各事実、補償金算出の計算関係部分及びその数額はいずれもこれを認めるがその余は争う。

四、抗弁

1  労働組合はその組合員に対して強大な統制権を有する反面、その統制に服する組合員に対しては平等に取扱うべき義務を負うことは株式会社における株主平等の原則と同様であるから、原告組合の機関決定に基き争議行為等を行なつたため一部組合員のみが処分を受けた場合、その不利益は当該スト参加組合員のみに帰せしめることなく他の一般組合員にも分担させるべきであつて、組合は救済に関する規定の有無にかかわらず、そのような義務を負うのである。本件犠牲者救済規定は右のような趣旨で制定されたものであるから、同規定施行細則中脱退による補償金返戻規定の部分は、組合員平等の原則に反し無効である。

2  また、右補償金返戻規定は、一旦与えた補償金を、組合脱退の場合に返還せしめることによつて脱退に際して過怠金を賦課することと同様の結果を招来せしめるもので、結局組合員の脱退防止を目的としており、被告らが他の組合に参加するため原告組合を脱退することを不当に拘束し、憲法の保障する結社の自由を侵害するものであるから、無効である。

3  本件犠牲者救済規定に基いて被告らに支給された補償金は、原告組合が、被告らに対し、公共企業体等労働関係法(以下公労法という)第一七条に違反する争議行為を行なわしめ、違法争議を原因とする処分により蒙るべき財産上の損失を後刻必ず補填する約束の下に給付されたものであつて、右は犯罪の教唆者が犯行により本犯の蒙るべき損失を償う場合と同様、その給付目的が公序良俗ないし社会の倫理観念に反することは明らかであり、右補償金の支給は不法原因給付に該当し、原告は被告らに対し、その返還を請求し得ないものである。

4  本件犠牲者救済制度は、その実質は相互保険であり、被告らは処分という保険事故の発生に基いて、保険金たる補償金を受領したもので、これを返還する義務はない。

すなわち、右制度は、争議行為に基く処分という不意の出来事による一部組合員の蒙つた昇給延伸等の経済的損失を、全く同様な立場にある他の組合員の公平な分担によつて可及的最大限に補填しようとするものであり、その財源は組合員が平素規定に基き一定額宛特別会計に積立ててきた犠牲者救済資金により、なお不足する場合は決議機関の決定により臨時納入した資金をもつてこれに充て、納入と支給の関係が合理化され、その完全履行が保障されて、いわば権利と義務が全く表裏をなしているものである。従つて被告らは処分という事故発生に基いて、当然保険金たる補償金を受給できる権利を有するもので、事故発生後はもちろん、保険期間中といえども右規定ないし、同施行規則の改訂という方法で、被告らの同意を得ないで右権利を剥奪することはできない。

5  原告組合は公労法第一七条に違反する半日スト及び時限スト等を多数計画したが、右争議行為は違法なものであり、これを実施すると大量の行政処分を誘発し、組合の統制に従つて行動した被告ら組合員に少なからず損害を与えることを充分知り乍ら、被告らに対しては労使の団体交渉の経過など闘争に関する十分な説明を行なうことなく、ただ官側が極めて不誠実でありその解決には力の対決以外に方法がないことなどと敵愾心を煽ることのみを教宣し、ストの実施にあたつてはオルグ等を派遣してピケを張り、或いは監視する等させて被告らの行動を制約し、また争議によつて蒙る損失についても犠牲者救済規定により十分償う旨被告らを欺罔し、その指令に従わない者には統制違反であるときめつけて違法な各種争議行為を繰返して行なわせたものである。すなわち、被告らはいずれも当時長崎県諫早郵便局員として昭和三八年二月一五日の時間内一時間くい込み職場大会に参加し、戒告処分を受けたものであるが、その状況は右職場大会前日の二月一四日退庁時直後、同局会議室において職場大会が開催されその席上、原告組合長崎地区本部執行委員松尾満平より「明日の時間内一時間くい込み職場大会の実施拠点局として諫早局が指定された。以後支部の執行権を停止し地区本部が執行に当る。全員地区本部役員の指示に従つて一糸乱れぬ行動をとれ。統制違反に対しては厳重な処分を行なう。」等と一方的に通告され、被告ら組合員はそのような機関決定が違法であることの疑いをもちながらも原告組合の強大な組織力の下に敢えて反対もできず、翌一五日は早朝より支部役員らオルグ数十名が諫早局前にピケを張つて被告ら組合員の入局を阻止しまた同局に通ずる道路の要所々々に立つて被告らの通行を監視し、被告らを無理矢理集合場所である和泉屋旅館に連行して前記争議行為に参加せしめたものである。その結果、被告らはいずれも、原告主張の戒告・昇給延伸の処分を受け、別紙(四)記載のとおりそれぞれ原告の本訴請求金額以上の各損害を蒙つたのであるが、前記争議行為は原告組合の中央執行委員長で原告組合の代表者及びその役員らが計画し、実施した違法な争議行為であるから民法第四四条の類推適用により、原告組合自身の不法行為として、又他の役員の行為について原告組合は民法第七一五条による使用者として、被告らの蒙つた前記各損害即ち前掲別表(四)の各被告らの「損失額合計」欄記載の金員を賠償すべき義務があるので、被告らは昭和四三年九月二七日の本件口頭弁論期日において、別表(四)記載の各被告らの有する前記損害賠償請求権と原告組合の本訴請求権とを対当額において相殺する旨の意思表示をしたから、原告の本訴請求権はいずれもこれにより消滅した。

五、抗弁に対する答弁

被告らの主張はすべて争う。すなわち、

1  本件犠牲者救済制度は、請求原因第六項でも述べたとおり、原告組合の団結を維持し、強化する目的をもつて設けられたものであり、その犠牲者救済の程度、範囲及び方法等については全く当該労働組合の自主的な機関決定に委ねられているのであつて、労働組合が当然その組合員に対してかかる犠牲を救済すべき法律上の義務はない。このことは労働組合法が、組合規約の必要的記載事項として犠牲者救済に関する規定を掲げていないことから明らかである。そして、右のような本件制度の本質からすると、処分時から六〇才までの犠牲に対する一括給付を受けた組合員がその後脱退した場合、給付金のうち脱退後に相当する分を返戻しなければならないこともまた当然の事理である。けだし、組合はあくまでも労働組合としての団結権を擁護するために給付するのであるから、組合を脱退する者にまで補償しなければならないいわれはないからである。従つて、脱退した被告らに対し、脱退後に相当する分の返戻を求めることは本件制度の本質からしてとくに規定を設けるまでもなく当然に認められるところで本件は返戻規定に基き被告らに返戻義務のあること当然である。以上の理由から右返戻規定部分が無効であるという被告らの抗弁は失当である。

2  本件返戻規定は何ら脱退の自由自体を制限するものではなく、脱退による事実上の不利益ならば、ユニオンシヨツプ制のように法自体が認めているので何ら問題とならない。また脱退のうち、退職・死亡の場合を除外していることについても、本件制度の本質が団結権の擁護にある以上組合員資格を失つた者で組合の団結を侵害しない者に対してまで返戻を求めないこととしても、制度の本質に悖るものではない。又、本件規定は被告ら組合員の団結権を侵害するものではなく、被告らが原告組合を脱退してこれに敵対する他の組合に加入する以上、原告組合との本件債務を清算するのは当然であり、被告らが脱退後の救済資金の積立義務は免れながら、反面その部分の補償のみは得ようというのは失当である。

3  また本件制度の目的が前記のようなものである以上被告らに支給した本件各補償金の給付目的が違法であるということもできず、従つて公序良俗ないし社会の倫理観念に反することもない。又本件制度は団結権擁護のための相互扶助制度であつて、保険ではないのであるが、仮に保険であるとしても返還義務の有無はどこまでも本件規定細則によつて決定されるべきである。

4  相殺の抗弁について、いずれにしても被告らが本件昇給延伸の原因となつた組合活動を行なつた当時原告組合員であつたことは、被告らの自認するところであるから、右組合活動が機関決定によるものであつたとしても、自らの自由意思によつて選出した代表者が決定したものである以上、団体法理としては被告ら自ら決定したことにほかならないし、また、原告組合が統制権を背景に違法行為を被告らに強制したというなら、被告らは、当時右機関決定に際し異議を述べて原告の運動方針を批判し、正すべきであつて、その努力を全くせずに組合活動に参加しておきながら原告組合の違法行為を云々するのは失当である。

六、証拠関係<省略>

理由

一、原告の請求原因のうち、123の各事実および4の事実中別表(三)記載の各事実・補償金算出の計算関係部分及びその数額については、いずれも当事者間に争いがない。

二、原告組合の組合員がその組合を脱退した場合、先にその者が原告組合から本件のような補償金を受領していたとき、原告組合に対し脱退後の部分の補償金の返還義務があるのかどうかについて考えるに、原本の存在並びに成立共に争いのない乙第一号証「全逓信労働組合規約」第五八条・同乙第八号証「全逓信労働組合犠牲者救済規定」第四条、第五条、第四七条乃至第五二条、第五八条乃至第六〇条、同乙第七号証の二「全逓信労働組合犠牲者救済規定施行細則」第一五条の各条項及び成立に争いのない甲第二号証の一乃至一二、一四、一五・本人の捺印があつて真正に成立したと推定される同号証の一三並びに当事者弁論の全趣旨を綜合すると、この原告組合の所謂犠牲者救済制度と称されるものは、本件に関する限り、原告組合の組合員が組合機関の決定に基いて組合活動をした際行政処分により昇給延伸の不利益を受けた時にその損失を救済すること。その方法は、各組合員が各自の意思に基いて定められた平等の犠牲者救済特別会計資金を毎月拠出し、その資金でその月の各組合員のこの種不利益即ち損失を補償し又損失に見合う補償金を受けさせるようにすること。その目的とするところは組合員の不利益負担による動揺を防ぎ、且つ組合員の受けた不利益即ち損失が全組合員の利益のために生じたものと認めて、組合員間の相互扶助乃至不利益の平等負担を計り、よつて組合の団結を維持するにあることと考える。右解釈に反する証拠はない。

以上のように原告組合の犠牲者救済制度を解すると、原告組合を脱退して組合員たる資格を失い、犠牲者救済特別会計資金を拠出しないようになつた場合には、右制度としては当然他の組合員の拠出した同資金からその者の脱退後の補償金を支出することは出来ないし、又その者がその後の補償金の前払いを受けていたときは、それを原告組合に返還すべき義務があることも明らかである。これに前示当事者間に争いのない別表(二)の「支給額」欄記載の各金額と別表(三)の「返戻の割合」欄記載の各分数によつて数理上明白な原告組合の被告らに対する本訴各請求金額は原則として正当というべきである。

三、そこで、以下被告らの抗弁について順次判断する。

1  被告らは、被告らの蒙つた昇給延伸の不利益は、原告組合の機関決定によるいわゆる部分ストに参加したためであるから、原告組合は、組合員平等の原則により、救済規定の有無にかかわらず当然に、被告らの損害を填補すべき義務があるものと主張する。しかしながら本件犠牲者救済制度の趣旨は、前示認定したとおり原告組合の団結権の維持強化を図ることにあり、従つて、その損失を補償するか否か、補償するとしても補償の程度及び範囲等については、労働組合が、諸般の事情を考慮して全く自由に決すべき事柄であると考えるので被告らのこの点についての抗弁は採用し得ない。

2  被告らは、本件前掲施行細則補償金返戻規定は組合脱退に際して過怠金を賦課することと同様の結果を招来せしめ、結局組合員の脱退の自由を制限し、さらには原告組合を脱退して他の組合に加入しようとする被告らの憲法で保障された結社の自由を侵害するものであるから、右規定は無効であると主張する。

然しながら本件犠牲者救済制度は昇給延伸の救済に関する限り前示認定したとおりの趣旨のものであり、これは組合員の総意に拠り樹立された止むを得ない制度と認められ違法に不当な制度ではない。本件補償金の一部返戻規定も被告らの組合員資格喪失後の分に相当する不当取得となつた補償金部分の返戻を求めるための規定であつてこの制度の趣旨並びに公平の理論から当然の規定であると考えられるし、又その補償金を返戻しなければ原告組合の脱退を認めない趣旨でもないこと明らかであるから被告らのここに抗弁する本件返戻規定は憲法に違反して無効であるとの点も採用し得ない。

3  被告らは、本件犠牲者救済補償金は原告組合が、組合員であつた被告らに対し公労法に違反する違法なストに参加せしめ、それによつて蒙つた損害を補填するために給付されたもので、その給付目的が公序良俗に反した不法原因給付であるから原告組合は被告らにこれらの返還を請求できない旨主張するので、この点について考えると、原告組合は、本件補償金の給付が無効であることを理由に、その不当利得の返還を求めるものではなく、前示した本件補償金返戻規定に基き、原告組合を脱退した被告らに前示不当に取得したこととなつた補償金の部分の返還を求めているものであるところ、補償金給付に先だつ本件争議行為即ち公労法第一七条第一項違反が公序良俗に反することになるのかどうかにつき案ずるに民法第七〇八条にいう「不法」とは、民法第九〇条にいう「公序良俗」と同意義であつて、いわゆる強行法規違反の行為を含まないと解すべきところ、公労法第一七条第一項は公共企業体等の職員等に対し本来憲法第二八条により保障されている労働基本権を、その職務の公共性にかんがみ特に国家の政策的立場から制限した所謂強行法規であつて被告らが主張する如く公労法第一七条第一項違反が直ちに「公序良俗」に反し、著しく社会の倫理観念に反するとはいえないから、被告らのこの点についての抗弁も採用し得ない。

4  被告らは、本件犠牲者救済制度は相互保険制度であつて原告組合から保険料に応じた保険金として各補償金を受領したものであり、その返還義務はないと主張するのでこの点につき判断するに、本件犠牲者救済制度の目的・方法は前記認定のとおりであつてこの認定を覆えして被告らの本抗弁を認めるに足る証拠もないので、結局これも採用し得ない。

5  原告組合は、民法第四四条に拠り、その執行委員らが公労法第一七条第一項違反の本件争議行為を計画して、これを無理矢理に組合員であつた被告らをして実行せしめた結果、被告らをいずれも戒告処分に陥らせてその昇給を延伸せしめ被告らに別表(四)記載のとおりの各損害を蒙らせたのでこれらを賠償すべき責任があるから、被告らはこの損害賠償請求権と原告組合の本訴請求権を対等額に相殺すると抗弁するのでこの点につき、先ず、被告らは民法第四四条にいう「他人」に当るのかどうかについて考えると前掲乙第一号証・同第八号証・同第七号証の二の各規定を綜合すると、本件争議行為当時組合員であつた被告らは原告組合の執行委員長らを自ら選出し、その選出した機関の決定に従つて本件争議行為をなしたものであつて、これを換言すれば被告らは組合員として自らの意思に基き自己の責任において本件争議行為をなしたものというべきで原告組合と組合員は一体であるというべきである。即ち被告らは本件については民法第四四条にいう「他人」に当らないものと考えるので被告らのこの部分の抗弁は失当である。

次いで、原告組合の執行委員らが組合員であつた被告らに無理矢理に本件争議行為をさせたかどうかについて考えるに、証人松尾満平・同木下定の各証言並びに被告本人新堂昌幸・同若杉正・同納富光夫・同山口三郎・同中島誠(認定に符合する部分)・同北島智(同上)・同金原菊敏・同山口熊七・同井田増夫・同才木鉄雄・同下釜勇尋問の各結果を綜合すると、本件戒告処分の対象となつた昭和三八年二月一五日諫早局における勤務時間にくい込む職場大会を実施するに際し、原告組合はその役員又はオルグをもつて組合員であつた被告らに対し、心理的乃至行動的に或程度の統制力を用いて右職場大会に参加せしめたこと、その際被告らはいずれもこれに反対の意思を表明したこともなく不承々々ながらも自らの意思で参加したこと、原告組合は被告らの出勤を無理矢理に阻止するようなことはしていないことをそれぞれ認めることができる。被告本人中島誠・同北島智尋問の各結果中右認定に反する部分があるけれどもこれらは前掲の他の証拠に比照して措信できない。そうだとすると被告らの本抗弁は失当として採用することはできないこととなる。

四、以上のとおり、被告らの抗弁はいずれも理由がない以上、被告らは原告に対し前示第(二)項判示の原告主張の各請求金額を返還すべき義務があるというべきであるところ、本件犠牲者救済規定施行細則第一五条は被告らが原告組合を脱退したとき、直ちに補償金返戻義務が生じることを定めたに過ぎず、その履行期についてはその定めがないので、結局本件補償金返還請求権については履行期の定めがないものというべく、原告組合が被告らに対し、別表(一)のそれぞれの「請求した日」欄記載の日に請求したと認めるに足る証拠はなく、他に原告組合が被告らに対し、本訴状送達の日以前に請求したと認めるに足る証拠もないから結局各訴状送達の日の翌日であること記録上明白である主文記載のそれぞれの日に被告らは遅滞に陥つたものとして同日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべきである。

よつて、原告の被告らに対する本訴請求は前記認定の範囲内で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとする。訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり判決する。

なお、仮執行の宣言については、相当でないからこれを却下する。

(裁判官 梅津長谷雄 中橋正夫 大石一宣)

別表(一)~(四)省略

(別紙) 規約等目録

(A) 全逓信労働組合規約(抄)

第五八条 組合は、犠牲者救済にあてるため全国大会できめる金額を積立てる。

2 犠牲者救済の運用は別にきめる。

(B) 全逓信労働組合犠牲者救済規定(抄)

第二条 組合員が組合機関の決定に基いて組合活動遂行中、救済しなければならない事態の発生した場合は、次の種別により救済を行う。(一~四、六~八号略)

五、解雇又は免職以外の行政処分

第八条 第二条第五号に該当するものに対して次の救済を行う。(一号略)

二、昇給延伸の補償についてはその理由発生の月より組合員としての資格を有する間細則第一五条の方法により補償を行う。

(C) 全逓信労働組合犠牲者救済規定施行細則(抄)

「昭和三六年七月二〇日改訂同日施行」

第一五条 規定……第八条……に基く昇給延伸補償については別表(一)、(二)(略)によつて算出した額を一時金として補償する。

註1 年令は補償金支給期該当月の年令とする。

2 年数は六十才に至るまでの年数である。

3 間差額は別表(二)により求めた額とする。

(二)、(三)、(四) (略)

(五) 前各号により支給を受けたものが次に該当した場合は、その割合に応じた金額を返戻しなければならない。

イ 脱退(退職、死亡を除く)

ロ 除名

ハ 特別組合員(略)

ニ その他一時立替金を支給する理由が消滅したとき

ホ 返戻の割合は、計算基礎となつた支給年数から組合在籍年数又は支給理由が消滅するまでの分(一年未満は一年とする)を差引いた残余の年数による比率として六ケ月未満は切すてる。但し、特別組合員は外部団体の役職員となつたときとする。

「昭和三九年一〇月三一日改訂同日施行」

第一五条 規定第五条、第六条、第八条、第九条に基く昇給延伸補償については別表(一)、(二)(略)によつて算出した額を一時金として補償する。

(註) 1、2、3とも前に同じ

(二)、(三)、(四) (略)

(五) (G)の第一五条(六)に同じ

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